ショートバックフォーカス(Short Back Focus)とは
撮影レンズの後端から撮像素子までの距離(バックフォーカス)が短い光学系を、「ショートバックフォーカス」または「ショートバック」と呼びます。特にミラーレスカメラでは、ミラー機構が省略されマウント面から撮像素子までの距離(フランジバック)を大幅に短縮できるため、レンズ設計の自由度が飛躍的に高まります。具体的には、一眼レフではミラーの前後を避けるために必要だった複雑なレトロフォーカス設計が不要になり、広角レンズや大口径レンズをよりコンパクトかつ高性能に設計できるようになります。
フランジバックとバックフォーカスの違い
まず用語を整理しましょう。フランジバックとは「マウント面(レンズマウントの取り付け面)から撮像素子(センサー)までの距離」を指します。一方、バックフォーカス(バックフォーカルレングス)とは「レンズの最後端(後玉)から撮像素子までの距離」を意味します。一般にフランジバックが短くなると、同じマウント径であればレンズ後部をセンサー近くに配置できるようになります。その結果、レンズ設計の自由度が増し、高画質化や小型化が可能になります。ミラーレスカメラは反射ミラーとペンタプリズムが無いため、従来の一眼レフよりもフランジバックが短く設計できます。バックフォーカスが短い、すなわち撮像素子に対してレンズが近づいた構造のことを、ショートバックフォーカス型と表現します。図: 一眼レフカメラ(上)とミラーレスカメラ(下)の構造比較。ミラーレスではミラーが無いためフランジバックを大幅に短縮でき、レンズをセンサーに近づけられる。
ショートバックフォーカスの光学的メリット
ショートバックフォーカスの最大の利点は、レンズ設計の自由度が高まることです。マウント径(レンズが装着される環状の開口部)が大きく、かつフランジバックが短いほど、光学設計の余地が広がります。例えばキヤノンEOS Rシステムでは、マウント内径54mm、フランジバック20mmという仕様を採用し、一眼レフ用EFマウント(内径54mm・フランジバック44mm)と比べて大幅に短いバックフォーカスを実現しています。これにより、従来のEFマウントでは不可能だった大口径・高性能レンズ(たとえば開放F2の大口径ズーム RF28-70mm F2 L USM)をコンパクトに設計・実用化できました。バックフォーカスが短い構造では、特に広角レンズの設計が容易になります。一眼レフではミラーを避けるために前玉に凹レンズを配置する「レトロフォーカス構成」を採用せざるを得ませんが、ミラーレスではそのような制約がありません。広角レンズを設計する際、センサーに近い位置にレンズを配置できるため、光学素子数を減らしてシンプルに構成でき、画質低下や周辺部の収差も小さくできます。さらに、レンズ全体の長さや重さも小さく抑えやすく、携行性や機動性にも優れたレンズが実現しやすくなります。また、バックフォーカスが短いことでセンサー直前まで大きなレンズを配置できるため、イメージサークル全域で高い解像力や均一な収差補正が可能になります。ソニーαシリーズ(Eマウント)やニコンZシリーズも、EOS Rと同様に大口径マウント+ショートバックフォーカスを謳っており、そのメリットは各社とも「レンズ設計の自由度が高まる点」で一致しています。
用語の違い:ショートバックフォーカス vs ショートフランジバック
ショートバックフォーカスと同様の意味合いで「ショートフランジバック(短いフランジバック)」という表現も使われます。用語が異なるだけで、本質的にはフランジバックを短くしてレンズ設計の自由度を高めるという考え方は同じです。たとえば、ニコンはZマウントの開発発表で「大口径・ショートフランジバックのZマウント」をアピールしており、キヤノンはEOS R発表時に「ショートバックフォーカス」という言葉でミラーレス化による構造メリットを説明しました。どちらの表現も、「フランジバックが従来より短い」という意味で使われています。実際、ニコンやキヤノンのミラーレス製品紹介では「短いフランジバックやショートバックフォーカス(呼び名が違うだけで同じ効果)」を利点として挙げています。
主要メーカーのマウント構造と設計思想
各社のカメラマウントでは、センサーサイズや時代背景に応じてさまざまな設計思想が採用されています。ここではキヤノン、ニコン、ソニー、富士フイルム、ペンタックスといった主要メーカーの例を比較します。
キヤノン:EF/EF-S マウントおよびRFマウント
キヤノンの従来の一眼レフ用EFマウントはフランジバック44mmで、フルサイズセンサー用の大口径マウントとして設計されました。一方でAPS-C専用のEF-Sマウントは2003年に導入され、フルサイズ対応のEFマウントを拡張する形で設計されています。EF-Sレンズではレンズ後端をセンサーに近づけるショートバックフォーカス設計が採用されており、その結果レンズ本体を小型・軽量化できます。たとえばEF-Sレンズはコンパクトな広角・標準ズームが多く、エントリーユーザー向けのコストパフォーマンス重視ラインを支えています。EF-Sマウントレンズは背面レンズの位置がフルサイズ機に装着できないほど後退しているため、フルサイズEFボディに取り付けるとミラーに干渉します。このためメーカーはEF-Sレンズがフルサイズボディに装着できないよう物理的に制限しています。EOS R システムで採用されたRFマウントは、大口径マウントとショートバックフォーカスを両立した設計が特徴です。マウント内径54mm、フランジバック20mmという仕様は、従来のEFマウント(フランジバック44mm)と比べてバックフォーカスを大幅に短縮したものです。この設計により、光学設計の自由度が飛躍的に拡大し、新しい大口径・高性能レンズが可能になりました。なおEF-Sマウントにおいても、開発コンセプトとしては「Short Back Focus」という用語が使われ、APS-C用レンズのコンパクト化に寄与しています。
ニコン:Fマウント(FX/DX)とZマウント
ニコンの一眼レフ用Fマウントは1960年代から続くもので、フランジバックは46.5mmと長めです。FXフォーマット(フルサイズ)もDXフォーマット(APS-C)も同じFマウント(同じフランジバック)を使用しています。ニコンはAPS-C専用にマウントを変えず、レンズ資産を共用可能にしましたが、その分ミラー干渉の制約から極端な超広角レンズの設計には工夫が必要でした。一方、ニコンのミラーレス用Zマウントではマウント内径55mm、フランジバック16mmという大口径・ショートフランジバック(ショートバックフォーカス)を採用しています。これにより、レンズ設計の自由度が格段に向上しました。Zマウントを最初に発表した際には、この大口径とショートフランジバックが大きくアピールされており、従来マウントと比べてレンズ全長を短縮できる効果が検討された例も示されています。ミラーレス用NIKKOR Z レンズは、これを生かして開放F1.8の広角単焦点や大口径標準レンズなどが高性能・コンパクトに設計されています。
ソニー:A(α)マウントとE/FEマウント
ソニーのα(アルファ)シリーズは、まず一眼レフ用のAマウント(旧ミノルタAマウント)を引き継ぎました。Aマウントのフランジバックは約44.5mmで、従来型一眼レフと同程度でした。2010年に登場したミラーレス専用のEマウントでは、当初からフランジバック18mm・マウント内径46mmという短い設計を採用しています。EマウントはAPS-C対応(E)とフルサイズ対応(FE)で共通のマウントを用い、ミラーレス黎明期からマウント径をなるべく大きく、フランジバックを短くすることで光学性能を高めてきました。ソニーは「大口径高性能レンズに必ずしも大きなマウント径は必要ない」という立場を示す場面もありましたが、実際のE/FEマウントレンズは高解像を追求したものが多く、赤外域シフト問題など長所と短所があります。Eマウントではバックフォーカスを短くすることでレンズ設計の自由度を確保しています。
富士フイルム:Xマウント
富士フイルムのXマウントはAPS-C専用のミラーレス用マウントで、2011年のX-Pro1発表時に導入されました。X-Pro1の構造紹介によれば、フランジバックは17.7mmと非常に短く設計されています。マウント内径は約44mmで、これもミラーレスとしては比較的大きめです。この短いフランジバックにより、XFレンズは広角・標準系で軽量コンパクトに設計できるうえ、高い収差補正が可能になっています。たとえば広角レンズではレトロフォーカス構成を緩和でき、高解像・高コントラストを狙った素直な光学系を組めるメリットがあります。富士フイルムはAPS-C専用設計を徹底しており、Xマウントに関してはショートバックフォーカスの恩恵を広角系で最大限に享受できるレンズ群を展開しています。
ペンタックス:Kマウント(DAレンズ)とQマウント
ペンタックスは伝統的に一眼レフ用のKマウント(フィルム時代から継承、フランジバック45.46mm)を使用しています。APS-C対応レンズには「DA」シリーズの銘が付けられていますが、マウントそのものはKマウントであり、フランジバックは変わりません。そのため、ペンタックスのAPS-Cレンズ(DAレンズ)はEF-Sのような短いバックフォーカス設計は採用しておらず、広角側の設計には制約があります。実際、PENTAX K-01(ミラーレス仕様)の例でも、Kマウントのフランジバックを変えられずボディ厚が一眼レフ並みになったことが指摘されています。一方、センサーサイズが小さい“超小型ミラーレス”としてPENTAX Qマウント(フランジバック9.2mm)を採用した例もあり、こちらではショートフランジ設計によるレンズ小型化が極限まで追求されました。
センサーサイズとの関係
センサーサイズの違いもショートバックフォーカス設計に影響します。一般にセンサーが小さければ、光学系全体も小型化しやすいですが、フランジバックの短縮余地もまた大きくなります。APS-C専用マウント(例:Canon EF-S、Fuji X、PENTAX DA)では、フルサイズ用設計よりもややフランジバックを短く抑えて、レンズを小さく軽く作る工夫がなされています。たとえばEF-SレンズではShort Back Focus設計によりコストを抑えた軽量なレンズが可能になりました。ただし、センサーが小さいとイメージサークルも小さくなるため、レンズ背面の配置限界も影響します(小さいミラーボックスに合わせた設計が必要です)。一方、35mmフルサイズでは高画質を追求するため広いマウント径とより長いフランジバックが許容され、全体のレンズサイズやボディ厚は大きくなりがちですが、ミラーレスではこれを逆手に取ってバックフォーカスを短くしています。

マウント互換性と物理的制約
フランジバックが短いと、他社や他規格のレンズをアダプターで装着しやすくなります。実際、ショートフランジのミラーレスでは、マウントアダプターを介して一眼レフ用レンズをほぼ違和感なく使用できます。たとえばキヤノンRFマウントにはEF/EF-Sレンズ用のマウントアダプターがあり、ニコンZマウントにはFマウント用のFTZアダプターが存在します。これにより既存のレンズ資産を流用しつつ、ショートバックフォーカスの恩恵を享受できるようになりました。一方、ショートバックフォーカス設計には物理的制約も伴います。前述のEF-Sレンズのように、極端にバックフォーカスを短くしたレンズは、より大きなセンサー(フルサイズ)用ボディではミラーと干渉してしまう危険があります。このように、短いバックフォーカスはレンズを小型化できますが、ミラー機構のないボディやセンサーサイズを前提にしているため、互換性には注意が必要です。またフランジバックを短くすると、センサー周辺部で光束がより大きな角度で入射するようになり、周辺画質に影響を及ぼす場合もあります。各社はレンズ・センサー設計を総合的に調整しており、こうした課題も技術で解決しています。
ショートバックフォーカス採用の事例
ショートバックフォーカスは多くのミラーレス機で採用例があります。キヤノンEOS Rシリーズでは前述のRFマウント(54mm/20mm)で、従来EFレンズを超える設計を可能にしました。ニコンZ7/Z6などZシリーズは55mm/16mmのZマウントで、こちらも画質重視の大口径レンズが揃っています。ソニーα7系は発売当初から18mmのEマウントを採用し、APS-Cモデルα6000系も同一マウントでバックフォーカスを短縮しています。富士フィルムX-Pro1/T4やX-T3/T5も17.7mmの短いフランジバックにより広角XFレンズをコンパクトに実現しています。これらの例はいずれも、ショートバックフォーカスによって高画質かつ小型化を両立したレンズの創出を可能にしたものです。
まとめ
ショートバックフォーカス(Short Back Focus)とは、レンズの後端~センサー間距離を短くする設計思想で、ミラーレスカメラと組み合わせて大きな光学的メリットを生みます。バックフォーカスを短縮するとレトロフォーカス設計が不要になるため広角レンズの自由度が増し、さらに大口径レンズを小型・軽量化できます。各社はAPS-Cやフルサイズの自社マウントでこの特性を活かし、設計上の工夫を重ねています。物理的制約(ミラー干渉や周辺光学など)にも留意が必要です。今後も各社のミラーレス新機種では、ショートバックフォーカスを前提にしたレンズ設計の進化が続くと期待されます。



